東條英機宣誓供述書(その3)

作成:平成18年11月05日 / 更新:平成18年11月11日

二大重要國策

斯る情勢の下に組閣後二つの重要政策が決定されたのであります。その一つは一九四〇年(昭和十五年)七月二十六日閣議決定の「基本國策要綱」(法廷證第五四一號英文記録六二七一頁、及法廷證第一二九七號英文記録一一七一四頁)であります。その二は同年七月二十七日の「世界情勢の推移に伴ふ時局處理要綱」と題する連絡會議の決定(法廷證一三一〇號英文記録一一七九四頁)であります。私は陸軍大臣として共に之に關與しました。此等の國策の要點は要するに二つであります。即ちその一つは東亞安定のため速に支那事變を解決するといふこと、その二つは米英の壓迫に對しては戰爭を避けつゝも、あくまで我が國の獨立と自存を完ふしようといふことであります。

新内閣の第一の願望は東亞に於ける恒久の平和と高度の繁榮を招來せんことであり、その第二の國家的重責は適當且十分なる國防を整備し國家の獨立と安全を確保することでありました。此等の國策は毫末も領土的野心、經濟的獨占に指向することなく、況んや世界の全部又は一部を統御し又は制覇するといふが如きは夢想だもせざりし所でありました。

私は新内閣の新閣僚としてこれ等緊急問題は解決を要する最重大問題であつて、私の明白なる任務は、力の限りを盡して之が達成に助力するに在りと考へました。私が豫め侵略思想又は侵略計劃を抱持して居つたといふが如きは全く無稽の言であります。又私の知る限り閣僚中斯る念慮を有つて居つた者は一人もありませんでした。

七月二十六日の「基本國策要綱」は近衞總理の意を受けて企畫院でその草案を作り對内政策の基準と爲したのであります。之には三つの要點があります。その一つは國内體制の刷新であります。その二は支那事變の解決の促進であります。その三は國防の充實であります。第一の國内體制については閣内に文教のこと及び經濟のことにつき多少の議論があり結局確定案の通り極まりました。

第二の支那事變の解決については總て一致であつて國家の總ての力を之に集中すべきこと、又具體的の方策については統帥部と協調を保つべき旨の意見がありました。

第三の國防充實は國家の財政と睨み合せて英米の經濟壓迫に對應する必要上國内生産の自立的向上及基礎的資源の確保を爲すべき旨が強調せられたのであります。大東亞の新秩序といふことについては近衞總理の豫てより提唱せられて居ることでありまして此際特に論議せられませんでした。要綱中根本方針の項下に在る「八紘を一宇とする肇國の大精神」(英文記録六二七二頁、英文記録一一七一五頁)といふことはもっとも最も道徳的意味に解せられて居ります。道徳を基準とする世界平和の意味であります。三國同盟そのものについては此時は餘り議論はありませんでした。唯、現下の國際情勢に對處し、從來の經緯に捉はるゝことなく、彈力性ある外交を施策すべきであるといふ點につき意見の一致を見たと記憶します。

「世界情勢の推移に伴ふ時局處理要綱」は統帥部の提案であると記憶して居ります。これは七月二十七日に連絡會議で決定せられました。此の要綱の眼目は二つあります。その一は支那事變解決の方途であります。その二は南方問題解決の方策であります。此の要綱の討議に當り、議論になつた主要な點は凡そ四つほどあつたと記憶します。

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